イタリア・カンパニア州カゼルタ。
壮麗なカゼルタ宮殿(Reggia di Caserta)は、かのヴェルサイユ宮殿に対抗して建てられたことで知られ、
映画『スター・ウォーズ エピソードⅠ・Ⅱ』のロケ地としても有名です。その宮殿の丘の上には、もうひとつの“王の夢”がありました。それがサン・レウチョ(San Leucio)。
ここには、かつて王立の絹工場が建てられ、職人たちが理想の社会を目指して暮らしていました。今回は、ラグジュアリーファッションには欠かせない素材、シルク(絹)をめぐる、この地に息づく物語をご紹介したいと思います。

サン・レウチョ外観
今回、実際にこの地を訪れ、現地のガイドの方から当時の製糸工程や職人たちの暮らしについてお話を伺いました。18世紀、ここは「美と労働が調和する理想社会」を目指して誕生した、絹織物コミュニティだったそうです。

入口に展示されている、糸車
この地では、絹づくりのすべてが行われていました。
 蚕(かいこ)の育成 → 繭(まゆ) → 繭ゆで → 糸撚り(いとより) → 染色 → 織り。
糸撚りとは、蚕の繭から得られる繊維を糸に仕上げる過程のこと。
ウールやコットンなど他の素材にも共通する工程で、糸に強度を与えるために欠かせません。
つまりここでは、“素材が命を宿す瞬間”から、完成したファブリックになるまでの全工程がひとつの場所で完結していたのです。

蚕の繭


糸を巻き取るための糸巻き機(ワインダー)

サン・レウチョが特別なのは、絹の生産だけではありません。
ここには職人とその家族が暮らす教育・福祉を備えたコミュニティが築かれ、身分や性別に関係なく学び、働くことができました。
当時としては珍しく、女性にも教育の機会が与えられたのです。これは、サステナビリティやエシカルなものづくりを先取りした発想。「素材を作る場所が、暮らしや社会の在り方までもデザインしていた」
この思想は、現代ファッションが大切にする価値観に重なります。
ここで生まれたシルクは、ナポリやヨーロッパの宮廷を彩り、
のちにバッキンガム宮殿やホワイトハウスにも届けられたといわれています。



ラグジュアリーとは、単なる豪華さではなく、その背景にある思想とストーリーで人を惹きつけるもの。
サン・レウチョのシルクが世界の宮殿を飾り、人々の記憶に織り込まれてきたように、私たちもまた、誰かの想いを纏いながら生きています。
サン・レウチョの精神は、ヴィンテージが永く愛される理由と重なります。美の記憶を未来へと編み続けていくこと。その中にこそ、真の豊かさがあるのではないでしょうか。
そんな想いを胸に、これからも当店は、時を越えて輝き続ける美しい逸品を皆さまへお届けしてまいります。

Belvedere di San Leucio(ベルヴェデーレ・ディ・サン・レウチョ)
所在地:Caserta, Campania, Italy
見学:Setificio di San Leucio(絹織物博物館)
前回の記事はこちら→カルティエとダイヤモンド、そのはじまりの物語。